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try and error

人生はトライアンドエラー

自分のことを棚に上げる勇気

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在宅ワーク関係ない記事が多くてあいすいません。今日はなんとドラマ感想ですってよ。節操NOTHING!でもきっと結論は「働くこと」につながっていくはずなので、まぁ座布団投げずに聞いてくださいな。

 

珍しく娘が午前中寝てくれたので夕飯の仕込みをしつつ、録画してあった「ゆとりですがなにか」の9話を視聴。

www.ntv.co.jp

その中に出てきた「親なら自分のこと棚に上げて叱ってくれよ!」という台詞が脳天直撃してクラクラ。柳楽優弥が演じる道上まりぶが自分を叱ろうとして躊躇する実父に対して涙ながらに叫んだ一言です。自分の子どもから言われたような、そのぐらいの衝撃が走りました。

子育てを始めて3年ちょい。大学時代から保育園でバイトしたりその後正規保育士もやったので子どもと関わるようになってからは10年以上経ちますが、ずっと子どもに対して「自分のことを棚に上げる勇気」が持てずにいます。

10年前はまだ学生ですし仕方ないにしても、いまだに胸をはって自分は立派な大人だと言える自信がないんです。だから子どもにもその自信のなさが伝わってしまう。

子どもに対して「こうなってほしい」という願いはありつつも、それを強く伝えられる気持ちの強さがなく、なぁなぁになってしまうことも多く。どうしても「こんな自分にも他人にも甘い人間が言える言葉なんてこの世にあるんだろうか」と考えすぎて、結局子どもへの姿勢もブレてしまう。よく言えば優しい先生(母親)、悪く言えば叱る・諭すことが下手な先生(母親)なんです。

自分には、嫌われようが反抗されようが、それこそ「てめぇのこと棚に上げてんじゃねぇよ!」と罵られようが、自分の言葉や態度を貫いて揺るがないことが必要なんじゃないかな、と思います。自分が立派な大人だとかそうじゃないとかは、あくまでも自身の問題で、子どもには関係ない。自分と向き合っている“親”として、真正面から言葉と体をぶつけるしかない。だって親が言わなきゃ誰が言う。これは劇中でも言っていましたが。子どもにとっては死活問題なんです。無責任なようですが、反感を買うことも含めてそれができる、それがある意味親の責任ある態度なのかもしれません。

しかし、頭で分かっていてもなかなか難しい。やっぱりぶれてしまう。自分の中に核がないから。そして、その核は一朝一夕ではできないんですよね。一つ一つ自分の中で「反感を買おうが罵られようが折れない心の支柱」を立てていかなければいけない。その支柱は何もしないで得られないんです結局。失敗して挫折して苦労してそれでも何かを為した時にやっと得られるものであって、ただ息を吸って吐いているだけでは手に入らない。何を為すかは人それぞれ。私にとって今は「与えられた仕事をこなしてきちんと報酬を得ること」「そしてそれを言い訳に家事と育児を疎かにしないこと」。仕事といっても在宅ワークの小さな小さな仕事。しかも家事も育児も低スキルで不完全(その不完全っぷりは混沌ドーナツ参照)。人から見ればそんなことかと思うような、本当にたいしたことない目標です。でも私の支柱の礎になります。まだ時間はかかりますが、「自分のことを棚に上げる勇気」を持った“親”として子どもに対峙できるよう今日という日を一生懸命生きていきます。

それにしてもクドカンすごいなー。自分の中のモヤモヤしたものを言語化できる人は本当尊敬する。欲しいそのスキル。

ゆとりですがなにか DVD-BOX (6枚組・本編5枚+特典1枚)

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